8月に入って境内に白ユリが咲きだしました。白いゆりの花言葉は「純潔」、「威厳」、「無垢」などだそうですが、万葉の時代には百合=後に(のちに)、(将来に)などの意味に使われました。
天平感宝元年(749)5月、大伴家持は国守として越中に単身赴任、秦伊美吉石竹(はたのいみきいはたけ)の館で行われた宴会の席で石竹が客席に添えた百合の花で作った髪飾りを、大伴家持たちは頭にさして歌をよみ答えた 歌 三首・・・

「油火の 光に見ゆる 吾がかづら さ百合の花の 笑(ゑ)まはしきかも」 大伴家持 (私がつけた百合の花飾りが油火の光に輝いていて、とても微笑ましいことですね)
「灯火の 光りに見ゆる さ百合花 ゆりも逢(あ)はむと 思ひそめてき」 内蔵縄麻呂(くらのなわまろ) (ともしびに見えている百合の花というように、また後(のち)にもお会いしたいと思いはじめました)
「さ百合花 ゆりも逢(あ)はむと 思へこそ 今のまさかも うるはしみすれ」 大伴家持 (百合の花と言うよりも また後(ゆり=のち)にも お会いしたいと思うからこそ 今の時も誠実に親しくするのです)
大伴家持がこの宴会の後、旬日を経て読んだ一首 「さ百合花 後(ゆり)も逢はむと 下延(は)ふる 心しなくは 今日(きょう)も 経(へ)めやも」 大伴家持 (百合と言えば ゆり(あとで) 後で逢えると期待できなければ、今日という日を過ごせることなんかできません) 家持が会いたいと思っている方は奈良の都に残してきた奥様・大伴坂上大嬢(おおとものさかのうえおおいらつめ) です。 ここでも”ゆり”を”のちに”の意味に使っています。 以上 「楽しい万葉集:百合の歌」より
下の写真は玉すだれですが、昨年植えた横一列30本ほどがほとんど夏の暑さと乾燥で枯れ、わずかに生き残りの数本です

「玉だれの 小簾(おす)の間通し ひとりゐて 見る験(しるし)なき 夕月夜(ゆふつくよ)かかも」万葉集 詠み人知らず
残念だが、一本でも残っていれば上出来。
百合の凛とした姿は元気をいただけます
玉すだれ、頑張っている姿、とても美しいです。神社にも御簾がありますので、とても相応わしいお花ですね!